「灯台守の話」/物語るということ | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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ジャネット・ウィンターソン, 岸本 佐知子

灯台守の話


物語るとは、世界を丸ごと構築しなおすこと。たとえば向かい合って話すとき、言葉の力は、表情や身振り、抱き合うことなど、身体的なものに負けてしまうかもしれない。けれど、言葉には言葉にしか出来ないことがある。それは物語ること、物語を作り出すこと。

私たちの人生は、様々な物語から成る。そしてそれは多くの場合、はじめがあって真中があって終わりがある、そういう類の繋がった一つの物語ではない。私たちの人生は、様々な物語の断片の積み重ね…。こうくると、ちょっと、フラグマン(断片)、注記(ノチュール)、続唱(セカンヌ)、反響(レゾナンス)から成る物語、「マグヌス 」を思い出す。

目次
二つの大西洋
暗闇のなかの確かな点
太陽の寄宿人
大博覧会
洪水の前の場所
新しい惑星
物言う鳥

小屋
 訳者あとがき


父を知らず、母を亡くしたシルバーは、ソルツの町はケープ・ラス(怒りの岬)との灯台に住む、盲目の灯台守ピューに引き取られる。灯台は光の仕事だけれど、必要のない物は照らさない。だから、自らの内部は闇に沈む。シルバーたちの暮らしは常に闇の中。目の見えないピューにはそれで問題はないし、シルバーもまたそんな暮らしに慣れていった。

ピューが言うには、よい灯台守の条件とは、船乗りよりもよりたくさんの物語を知っていること。そう、器械の使い方なら、誰だって教えることができ、誰だって習うことが出来る。けれど、灯台守となる人間に、本当に教えなくてはならないのは、光を絶やさないようにすること。そして、それは物語を覚えることと同義である。

船乗りたちがやって来た時代、灯台の光が活躍していた時代は当の昔に過ぎ去っていたけれど、そうして、シルバーはピューから、様々な物語を聞き、学ぶ。お話して、ピュー。すべての灯台は物語であり、そこから海へと放たれる光もまた、導き、報せ、慰め、戒めてくれる物語そのもの。シルバーもまた、海で流木を拾うように物語を集め、ピューに話して聞かせる。

ピューは百年前の出来事を、まるで見てきたように話す。シルバーの「その時、ピューはいなかったくせに」という言葉にもお構いなし。ケープ・ラスには、だって、ずっとピューたちがいたのだから。ここで語られるのは、まるでジキルとハイドのような二重生活を送っていた、百年前のバベル・ダークと言う牧師の話。自らを牢獄に閉じ込めるかのようであった彼の人生は、自分の真実を信じなかったために、非常にややこしいものになってしまう。「アイ・ラヴ・ユー」、それはこの世でもっとも難しい三つの単語。

やがて、ケープ・ラスの灯台にも機械化の波がやって来る。ピューとシルバーは退去命令を受け、ピューは海へと姿を消す。シルバーはピューを追うのだが…。これ以降のシルバーの人生は、シルバーの言葉を借りれば、難破と船出の連続。寄港地もなく、目的地もない、砂州と座礁があるのみ。本盗人となり、鳥盗人となり、たぶん、妻のある人と恋して、女性に恋して…。真実の愛を探して、ピューの残したバベル・ダークの日記を手に、旅立ったシルバーの生は…。

 化石に書かれた記録は、発見されようとされまいと、つねにそこにある。もろく壊れやすい過去の亡霊。記憶は海面とは似ていない、荒れていようが凪いでいようが。記憶は積み重なって層をなしている。過去のあなたはちがう生き物、とはいえ証拠はしっかりと岩に刻まれている―あなたの三葉虫が、あなたのアンモナイトが、あなたの地を這う命の形が、自分では二本足で直立できていると思いこんでいる今この瞬間にも、ちゃんとそこに存在している。   (p159-160より引用)

あれほど原始的な感じではないのだけれど、ちょっといしいしんじの作品に似た空気感を感じました。繰り返される、「お話して」というフレーズ、おとぎ話のような雰囲気、話はあちこちに飛ぶのだけれど、潮の匂いが立ち込めるようなこのお話、とても良かったです。

器械は誰でも扱うことが出来るけれど、良い灯台守はたくさんの物語を知っているというフレーズ。世にたくさんの仕事があって、それはどんどん機械に置き換わっていってしまうかもしれないけれど、「物語ること」、それは人間にしか出来ないことだなぁ、と改めて思いました。少し前に、野暮用で「将来の夢」なんぞを書かされていたのだけど、これもまた物語ることなのかしらん。自分の中の、アンモナイトや三葉虫のような記憶を掘り起こしてみたくなる本でした。

古い灯台にも興味が出てきちゃって、思わずネットをうろうろしてしまいました。あの「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」(実は私、「宝島」と「ジキル~」の作者が一緒だって知りませんでした…)で知られる、スティーヴンソンの祖父が、この灯台のモデルとおぼしき、ケープ・ラスに実際にある灯台を建設したのだとか。「灯台」というアイテムが実に秀逸。

美しい装幀は、吉田浩美さんと吉田篤弘さんのクラフト・エヴィング商會です♪

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。