「ポーの話」/うなぎ女の息子であり、みんなの息子でもあるポーのはなし | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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いしい しんじ

ポーの話


町の北から南へと流れる幅広い泥の川、その上流を漁場とするうなぎ女の股から、ある日、ポーは生まれた。一様に太って、どす黒い色をしたうなぎ女たちは、真っ黒い泥の中へ日焼けした両腕をずぼりと差し入れ、手探りでうなぎを捕る。ポーを生んだ女だけではなく、全てのうなぎ女がポーの母親となる。そして、うなぎ女たちは、わが子、ポーの幸せを希う。

 
ポーや。
 スフスフ。
 ポーや、ポー、わたしたちのたいせつな小鳩。

 スフスフ。スフスフ。
 ああ嬉しい。
 かあさんたちの命は、いつだっておまえのしあわせとともにある。

うなぎ女たちの息子ポーは、川と共に成長する。水かきをもち、うなぎ女たちと同様の黒い肌を持ち、誰よりも長く潜水出来るポーは、異質な存在だけれども、彼はいつしか、市内を走る路面電車の運転士、「メリーゴーランド」と「ひまし油」の兄妹と知り合いになる。

ポーがこの兄妹から学んだのは、兄からは盗みとツグナイについて、妹からは図鑑や百科事典からの知識、そして誰かが誰かの「大切なもの」であるということ。

大洪水が起こり、ポーたちが暮らす町は壊滅的な打撃を受ける。五百年ぶりのこの出来事を予感したうなぎ女たちは、舟を作り、町の人たちを舟の上に放り投げる。うなぎ女は、何千年も前から、うなぎたちとともにこの川で暮らしてきた。うなぎ女は川を守る。川の水と、そこに住み暮らすあらゆるものを。

 
フルー、フルー。
 川のつづくかぎり、かあさんたちはうなぎ女。
 いつもおまえのしあわせとともにある。

川にはかぎりがあるのだろうか? そこにはどんなうなぎがいるのだろうか? ポーは偶然、舟に乗り合わせた「天気売り」とともに、更に下流へと下流へと進んでいく。

ポーたちは、川べりに住む、老猟師と少年、「子ども」という名の犬と出会う。この場所は外界から閉ざされている。少年に外界のことを教えてやってくれと、老猟師に頼まれたポーたちは、しばらくこの地に滞在することになる。ここで、ポーたちが学んだのは、自分ではない何者かの目を通して見るということ、死んだ体を何よりも大事にしなくてはならないということ。息をしなくなった体は、もうその者だけのものではなく、残された者たち全てのもの。

川が出来るよりずっと古くから、真っ黒い水底に潜んで、生きてきたであろう大うなぎを追って、ポーはさらに下流に下る。

いくつもの村を過ぎ、工場が増えた辺りで、ポーの相棒である「天気売り」が、この地特有の毒虫にやられてしまう。そこで、彼らは「埋め屋」夫婦に出会い、ポーは人足として穴掘りと穴埋めを、「天気売り」は「埋め屋」の女房のレース鳩の世話をすることになる。ここで、ポーが学んだのは、誰かの眼に自分がどう映っているかということ、誰かが大切だと思うもののために、どこまでも自分を捨ててしまう者もいるということ。

ポーは、更に水に入り、さらに下る。そうして、ポーは海に出る。ポーの相棒となったのは、今ではぼろぼろになった女人形。女人形は諭す。表面上の間違ったことは、ただの照り返しで重要なことではない。一番深い底で、間違ったことをしないことが、大事なのだ。間違ったことをすると、それぞれの頭の上で空が塞がって、みんなが同じ空の下で生きるという、当たり前のことが出来なくなってしまうのだ。

流れ着いた港町は、若者たちが出て行ってしまった老人たちの町。ポーは、老人たちに可愛がられ、そこに暮らす。この町は、ある出来事をきっかけに、それまでの豊かな漁場を失っていたのだけれど…。ポーがここで出会うのは、鉱水の中で生きる「うみうし娘」たち。

 
ふかいふかいそこで、まちがえないよういきていくのが、ほんとのつぐないですよ。

今では白い肌となったポーは、そうして、つぐないをして生きていく。長いつぐないの旅を終えたポーは、更に潜る、潜る…。たぶん、そうして物語は繰り返す。美しい装丁そのままのような、幻想的で童話のような物語です。

なんだろうな、「うなぎ女」とか「うみうし娘」とか、本来、あんまり美しいとは思えない存在が、生命力にあふれた美しい存在として描かれるのですよね。いしい作品の「美しさ」って、何だか独特だよなぁ。うみうしは、カバー扉や、表紙裏にも愛らしく描かれている(過去、
こんな本 を読んだこともありましたが…。海で踏みたかないけど、綺麗ですよね、海牛とかナマコとか)。

■関連過去記事■
プラネタリウムのふたご 」/しあわせ

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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そう、ポーは循環し続けるのです。