「マグヌス」/記憶、断片、人生 | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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シルヴィー ジェルマン, Sylvie Germain, 辻 由美
マグヌス

語られるのは、一人の男性の幼年期から中年までの人生の断片、0から29までの番号をふられたフラグマン(断片)。それを補足するのは挿入される注記(ノチュール)、それを強めるのは同じく挿入される続唱(セカンヌ)や、反響(レゾナンス)

フランツ=ゲオルク、もしくはアダム、マグヌス。三つの名前を持つことになる、彼の人生は波乱に満ちたもの。

五歳までの記憶がない幼い彼に、「気高さと悲しみに満ちた家族の叙述詩」を繰り返し語り、言葉によって彼を生みなおした母親の名は、テーア・ドゥンケンタル。彼の名ともなった、フランツとゲオルクという名は、偉大なるドイツ帝国のために、身を犠牲にした母親の双子の弟の名。父親、クレーメンス・ドゥンケンタルは医師であり、熱狂的なナチス党員でもあった。

しかし、ドイツ帝国の破滅は近い。家族は家を捨てて逃亡し、父親は更に一人メキシコへと逃げ、その地で死ぬ。盲目的に父親を崇拝していた母親は、亡命していた兄のロタールに少年を託し、やはり死ぬ。

少年、フランツ=ゲオルク・ドゥンケンタルは、ロンドンのロタール伯父の家に引き取られ、アダム・シュマルカーと名を変える。五歳までの記憶を無くした少年は、それ以降全ての物事を記憶しようと、凄まじい集中力を発揮した。語学の才能にも優れた少年は英語にも順応し、更に父親の死の地であるメキシコの言葉、スペイン語の習得も始める。しかし、記憶は彼を蝕み、苛む。彼の両親の罪は消えることがない。

そして、更に彼の人生は幾たびかの転換点を通り、彼はマグヌスと名乗るようになる。それは、幼いころから彼と共に過ごしてきた茶色いぬいぐるみのクマの名前。

彼の人生は喪失と再生の繰り返し。愛する女性との二度の永遠の別れ、一度は見切ったロタール伯父への帰還…。記憶を喪い、偽りの記憶を塗り重ねられ、自分がどこから来たのかすら分らない少年。更に獲得した記憶もまた、愛する人の死により、無となってしまう。それでも人間は生きていき、無から何かを生み出すことが出来る。ラストの再生の様子(そして、それはクマのマグヌスとの別れでもある)、旅立ちは美しい。

かなり変わった形式の「小説」だけれども、実に引き込まれる物語でした。こんなアプローチがあるのだとは! あの激しさとはまた別なのだけれど、アゴタ・クリストフの「悪童日記」以来の衝撃でありました。

これ、「高校生ゴンクール賞」の受賞作なのだとか。すごいね、フランスの高校生。

■その他気になった、「高校生ゴンクール賞」受賞作。


■印象的な引用がなされていた本。

フアン ルルフォ, Juan Rulfo, 杉山 晃, 増田 義郎
ペドロ・パラモ (岩波文庫)

amazonには、ラテン文学ブームの先駆けとなった古典的名作、とありました。
コーマック・マッカーシーの国境三部作のうちの、「すべての美しい馬 」と「平原の町 」の二作は何とか読んだけど、これはまた歯ごたえありそうですよ。がりがり。